恋のなやみに効くメディア

いとおかしの意味は複数あるの?いとおかしの例文と現代語訳

松田優

松田優Y.Matsuda

©gettyimages

目次

隠す

1:いとおかしの意味は?

「いとおかし」という表現は、「いと」と「おかし」という、ふたつの単語から成り立っています。まずは「いと」の意味を調べてみましょう。

いと

[副]

1 非常に。たいへん。きわめて。「三寸ばかりなる人、―うつくしうて居たり」〈竹取〉

2 ほんとうに。まったく。「忘れ草種とらましを逢ふことの―かく難きものと知りせば」〈古今・恋五〉

3 (あとに打消しの語を伴って)あまり。それほど。「―やむごとなき際 (きは) にはあらぬが」〈源・桐壺〉

[補説]現在「いとも」という表現に残る。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

辞書をひいてみると、「とても○○である」という意味が強いようです。現代では「いとも簡単に○○する」という表現でも使われています。そのほか、打消しの単語とあわせて否定的な意味をもたせる役割も果たしています。

続いて「おかし」の意味も調べてみましょう。

おかし〔をかし〕

平安時代、「もののあわれ」と並ぶ美的理念の一。枕草子の主調美で、知的興味をそそられる感覚的、直観的な明るい情趣。室町時代以降は、こっけいの意で用いられ、狂言・俳諧・狂歌などの笑いの文学の底流となる。→おかしい

出典:デジタル大辞泉(小学館)

「おかし」という表現が使われている作品といえば、平安時代の女流作家・清少納言による随筆『枕草子』が挙げられます。意味は「知的な興味でひかれる」というもの。つまり、「いとおかし」は非常に趣が感じられるという意味で使われた言葉です。

ちなみに「おかし」は、やがてこっけいなさまを表現する言葉に転じて、「おかしい」という表現が生まれました。

2:「いとおかし」の例文と現代語訳5

「いとおかし」という表現は、『枕草子』でよく使われていた表現とされています。どのような場面に使われているのか、5つの文をピックアップして、現代語に訳してみました。例ごとに「おかし」の意味が異なるところにも注目です。

(1)雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし

枕草子の冒頭であり、もっとも代表的な段でもある第1段のうち「秋は夕暮れ」から始まる内容の一部です。

この文を現代語に訳すると、「雁などの鳥が列を組んで飛んでいる様子が、遠くの空でとても小さく見えるのは、非常に趣がある」となります。夕焼けで赤く染まった秋空に、群れを成した鳥たちが飛んでいる光景が目に浮かびますね。

(2)常にうしろを心づかひしたるけしきもいとをかしき

お粥を混ぜる木の棒を、誰かに打ち当てようとしている女性たちと、それを避けたい人の様子を描いています。

これを現代語訳すると、「常に背後を気遣っているさまがとても面白い」となります。当時、お粥を混ぜる木の棒で子どもがいない女性の腰を打つと男子が生まれるといわれており、おふざけのひとつとなっていたようです。

背後からいきなり棒でたたかれるかもしれないと思うと、身構えてしまうのは当然。しかし狙われない人にとってはこっけいな光景に見えたことでしょう。

(3)そこ近くゐて物などうち言ひたる、いとをかし

大きな花瓶には、美しく咲いた桜の枝がさしてあり、お客様やきょうだいも一緒に談笑している様子が描かれています。

これを現代語に訳すると、「人々が花瓶の近くに座って会話している光景は、とてもすばらしい」という意味になります。春を感じさせる暖かい日差しのもと、美しく咲いた桜を眺めながら会話を楽しむなんて、ぜいたくなひとときですよね。

(4)いつしかその日にならなむと、急ぎおしありくも、いとをかしや

神社でのお祭りが待ち遠しい人々のお話です。お祭りにそなえて、女の子の身支度を整えているうちに、大騒ぎをするほど楽しみになる様子が描かれています。

現代語訳は「はやくお祭り当日になってほしいと願いながら準備をしておくことは、とても楽しいですよ」となります。楽しみにしているイベントが近づくにつれて、気分が上がっていくのは、昔の人々も同じだったのですね。

(5)いとをかしげなるおよびにとらへて、大人などに見せたる

幼い子どもや動物など、かわいらしいものをまとめた段の一部です。子どもが這って近づいてくる途中、とても小さい塵を見つけ、無邪気につまみ上げている様子が描かれています。

現代語では、「非常にかわいらしい指でつまみ、大人たちに見せている」と訳されます。大人になると、塵を素手でつまむのはちょっとためらってしまいますが、幼い子どもが楽しそうにつまんでいる光景はほほえましく感じてしまうかも。

3:「いとわろし」の意味と現代語訳5

「いとおかし」とよく似た音の言葉で、「いとわろし」という表現もあります。「わろし」とはどんな意味をもつ言葉なのか調べてみましょう。

わろ・し【▽悪し】

[形ク]《他より劣っている、普通以下である、の意で、一定の水準以下であるさまを表す》

1 程度が低い。質が悪い。よくない。「いと―・かりしかども、…この花を折りてまうで来たるなり」〈竹取〉

2 下手である。拙 (つたな) い。「この度は―・く舞うたり」〈宇治拾遺・一〉

3 見劣りがする。みっともない。醜い。「火桶の火も、白き灰がちになりて―・し」〈枕・一〉

4 勢力や財力が衰えている。貧しい。「その主も、もとより勢ひなく、―・き人の、無徳なる司にて」〈宇津保・嵯峨院〉

5 ふさわしくない。不相応である。不適切である。「行法も、法の字を清みて言ふ、―・し。濁りて言ふ」〈徒然・一六〇〉

6 不吉である。「御宿世の―・くおはしましけるを、世に口惜しきことに申し思へり」〈栄花・玉の村菊〉

7 たちがよくない。悪質である。「呪詛 (じゅそ) しけるほどに、幾程なく―・き病つきて」〈沙石集・一〉

8 食べ物が傷んでいる。鮮度が落ちている。→わる(悪)い「瓜を取り出でたりけるが、―・くなりて」〈著聞集・一八〉

出典:デジタル大辞泉(小学館)

「おかし」がよい意味をもっているのに対し、「わろし」は悪い意味をもつ言葉です。「いとわろし」とは、「とてもよくない」という表現をする場合に使われます。

「いとおかし」と同様に、実際に使われた「いとわろし」を現代語訳してみました。先ほどと同じ『枕草子』から例を挙げます。

(1)ゆるゆると久しく行くは、いとわろし。

「網代車(あじろぐるま)」という牛車が走っている光景を描いたものの一部です。家の前をさっと通り過ぎていくのを見て、どんな人が乗っていたのか想像するのを、ひとつの楽しみとしている様子が描かれています。

現代語では「網代車が時間をかけながらゆっくり通り過ぎるのは、あまり風情が感じられない」と訳されます。人力車や牛車が移動手段となっていた時代だからこそ楽しめた遊びなのかもしれません。

(2)逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。

現在の滋賀県大津市にある逢坂山にかつて設置されていた「逢坂の関」という関所にまつわる手紙の話です。

現代語に訳すると、「逢坂の歌は、あなたの歌におされて、うまく返せませんでした。とてもよくないことです」となります。

この言葉は清少納言に向けられた男性のもの。そして、この場合の「歌」は、メロディに乗せた歌ではなく、古くから日本で親しまれている和歌のこと。手紙に書かれていた和歌があまりにすばらしく、返事をしそこねてしまったという意味です。

(3)「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。

言葉の表現が少し変わるだけで、悪い意味に変わってしまうという実例を挙げているところのフレーズです。

現代語訳は「“言はむずる、里へ出でむずる。”など言うことは、よくありません」となります。

この部分では「言はむとす」を「言はむずる」と言い変えたり、「里へ出でむとす」を「里へ出でむずる」という表現を使ったりすると、非常に言葉遣いが悪くなってしまうということが書かれています。ちょっとした言葉の使い方で、下品に見えてしまうところは現代でも同じですよね。

(4)雨うち降りぬるけしきなるは、いとわろし。

正月を寺にこもって過ごしているときの光景を表現しています。

この文を現代語に訳すると、「雨が降りだしそうな光景は、あまり美しくない」となります。

冬は雪が降るほど寒くなりますが、雪によって凍りついた風景は、美しさを感じさせます。雪で凍りついた光景はすばらしいけれど、雨で地面がぬかるんでいる光景には気分が滅入ってしまったのでしょう。

(5)下衆にほめらるるは、女だにいとわろし。

身分の低い者が、身分の高い者をほめると、ほめられた者の価値が下がるということが書かれています。さまざまなシーンで「平等」が求められる現代では、どういう話なのか想像がつかないという人も多いのではないでしょうか。

現代語訳は「身分の低い者にほめられるのは、女性であっても非常に情けない」となります。ほめた側は素直に称賛しているつもりでも、ほめられた側にとっては的外れな意見という可能性もあるのです。

4:「いとおかし」というお店がある?

「いとおかし」という単語でウェブ検索すると、同じ名前を冠したお店が見つかりました。そのなかから、ふたつのお店をピックアップしてみます。

ひとつめは島根県出雲市にある「いとおかし」。和洋菓子や焼き菓子などを取り扱っているスイーツショップです。地元の素材を活かしてつくられるスイーツが人気です。

もうひとつは東京都世田谷区の、「It Wokashi(いとをかし)」というお店。こちらも新感覚和菓子を中心に取り扱っているスイーツショップで、三重県鈴鹿市で300年も続いている老舗和菓子店「大徳屋長久」から誕生した新ブランドです。

5:歌手いとおかしとは?

「イトヲカシ」というユニットが実在します。ボーカルの伊東歌詞太郎(いとうかしたろう)さんと、ベース・ギター・キーボードを兼任する宮田“レフティ”リョウさんによる音楽ユニットです。

趣が感じられるという意味をもつ「イトヲカシ」の名にふさわしい、日本語を大事にした歌詞とメロディセンス、力強い歌声で独特の世界観に魅了される人が続出。投稿された動画の総再生数は、なんと2500万回を超えており、絶大な支持を得ています。

6:まとめ

ひとことでさまざまな意味を表現できる「いとおかし」という言葉。現代の生活で使うことはなくても、その感覚は大切にしたいですよね。もし趣深いシーンに遭遇できたら、「この光景、いとおかし」と楽しんでください。