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カップルを破局に導く「幽霊マンション」に住んだ大学院生【第16話・後編】―シンデレラになれなかった私たち―

毒島 サチコ

毒島 サチコS.Busujima

Case16:幽霊マンションに住んだ大学院生

名前:アンナ(23歳)

岡山県出身。京都にある大学に通う大学院生。最近、彼氏ができたばかり。普段は大学近くの女子寮に住んでいるが、夏休みの間だけ、寮が閉まってしまうため、いわくつきの格安マンションに住むことに。幽霊の存在をまったく信じていなかったが、引っ越し当初から、謎のシャー音と女性のうめき声に悩まされ、部屋を飛び出した……。

前編はコチラ

迎えに来てくれた彼

「アンナ、もう大丈夫だから落ち着いて。とりあえずタクシー拾おう」

30分くらいで迎えに来てくれたセイジは、震える私の手を取って、握りしめてくれました。私は、この数日で起こった恐ろしい出来事を話しました。

「なるほど……」

彼はしばらく考えた後、「じゃあマンションに戻ろう」と言いました。

「え、戻るの!?」

「戻って確認しないと。大丈夫だよ。俺がついてる」

彼は力強く私の手を握りました。

「ありがとう……」

セイジがそばにいるだけで、不安が吹き飛ぶようでした。

戻った部屋は……

午前4時。ドアを開けると、部屋の中は私が飛び出したときのまま、シーンと静まりかえっていました。

「ほら、大丈夫でしょ。俺、今日と明日はここに泊まるからさ」

「……仕事、大丈夫なの?」

「うん、アンナが誰よりも大切だよ」

セイジはそうほほえみ、布団に入りました。その日、シャワー音はしませんでした。

次の日のこと

次の日は、セイジと食事をして銭湯に寄り、ふたりで部屋に戻りました。来週まで会えないと思っていたセイジと、こんなかたちで一緒に過せるなんて……。

私はこの部屋を出て、実家に戻るべきかを相談しました。学費を稼がなければならないことや、せっかくの夏休みに少しでも長い時間、一緒の時間を過ごしたいこと……。セイジはうんうんと話を聞いてくれた後「アンナ、短期の宿付きバイト紹介しようか?」と言いました。

「短期のバイトで、かなり稼げるところがあってさ……アンナ可愛いし、今のバイトよりずっと割がいいよ」

……そのときでした。

シャー……。

あのシャワー音が聞こえてきたのです。ディズニーキャラの指先は、まだ2時半を指しています。私は耳をふさぎました。セイジは、隣で「マジか……」とつぶやき、立ち上がりました。

「ね……聞こえるでしょ……」

シャワー音は、次第に大きくなっていきました。セイジは「なんなんだよ……」と苛立った表情を浮かべています。

「見てくるわ。幽霊だかなんだか知らんけどうっとおしいわ」

セイジは立ち上がり、浴室へと向かいました。

「え……やめなよ」

セイジの背中を追いかけようとしましたが、足がすくみ、立ち上がれません。

「アンナはここにいて」

そう言って、浴室のドアを開けました。その瞬間、セイジの背中が、一瞬にして固まりました。

「うぁ……!」

声にならない悲鳴をあげ、その場に尻もちをついたのです。

セイジはバッグを抱えると、私を置きざりにして部屋を飛び出しました。急いで追いかけたのですが、車に乗り込んで、走り去ってしまったのです。私は呆然と立ち尽くし、何度電話をかけても、セイジは出ませんでした。

その日は部屋には戻らず、近くの漫画喫茶に泊まりました。そして次の日、岡山の実家に着の身着のまま戻りました。そしてセイジとは、それっきり連絡がつかなくなりました……。

夏休み最終日

実家のある岡山では、ゆったりとした時間が流れていました。バイトを休んでしまったぶん、新学期が始まったら頑張らなければいけないけれど、家族と過ごす時間のおかげで、あの忌まわしい出来事のことは忘れかけていました。

セイジには何度も電話したりメッセージを送ったけれど、返事はありません。私は、あの幽霊マンションを住んだことによって、失恋したのです。

そして迎えた夏休みの最終日。退去手続きのために京都へ戻って、あのマンションに1か月ぶりに足を踏み入れました。

昼間でしたが、浴室のドアを開けるのは勇気がいりました。そしてドアを開けた瞬間、私は言葉を失いました。

排水口に、あきらかに私のものではない長い髪の毛がびっしりとつまり、浴室の床一面に赤いカビが広がっていたのです。

私は浴室には手をつけず、大家さんをたずねました。

語られた真実。

「あのマンションで、何があったんですか?」

私の二度目の問いに、大家さんは「絶対に大学側に言わないこと」を条件に、秘密を語り始めました。

29年前、ここのマンションの206号室の浴室で、20代の女性が手首を切って自殺したということ。理由は、交際中の男性に一方的に別れを告げられたことが原因でした。その女性は男性のために、数百万ものお金を消費者金融から借りていました。

遺体が見つかったとき、シャワーが出っぱなしだったそうです。……206号室は私の住んでいた106号室の真上。そして死亡推定時間は、午前3時前後でした。

大家さんは、「自殺があってから、深夜にシャワー音が聞こえるという声が続いて、長期で住む人がいなくなってしまった。だから、短期で大学生に貸出するようになった」と語りました。女性の恋人への「愛」が憎しみに変わって、若いカップルの私たちに嫌がらせをしたのかもしれない……。私は「幽霊」によって、失恋したのです。

その後の話

9月になって大学寮に戻ると、いつもの学校生活が始まりました。

「久しぶりです先輩~。幽霊マンション、どうでしたか?」

「何もなかったよ~」

私は大家さんとの約束を思い出し、平静を保ちました。

「そうなんですね! なんだ、やっぱりただの噂か~」

後輩は少し残念そうな顔をすると「あ、そういえば」と言って、スマホを取り出しました。

「これ、先輩の彼氏にめっちゃ似てません? イケメン具合が。大学生じゃないから別人ですけどね~」

それは、ニュース記事でした。記事を見て私は言葉を失いました。茶色かかった髪に細い腕。写っていたのは、確かに、あの日、家を飛び出して、音信不通になった元カレ、セイジだったのです。

記事の見出しにはこうありました。

「借金背負わせ風俗へ斡旋 20代男性ら逮捕」

バーを経営する男性グループが、女性に高額なお酒を飲ませて借金を背負わせて、風俗店に斡旋していたというニュースでした。

「短期のバイトで、かなり稼げるところがあってさ……」

脳裏に、セイジの電話のむこうで聞こえた笑い声がよみがえりました。

考察:幽霊に救われた女子大学院生

「人間って、恐怖を目の当たりにすると、本性が出るんですね。私は彼と連絡がつかなくなったあの日から、幽霊のせいで失恋したのだと落ち込みました。でも実際は、助けてくれたのかもしれません。苦学生だった私は、大好きな彼からの誘いに乗っていたかもしれない」

アンナさんは、今もその日のことを思い出すと言います。

「彼と一緒にいた日、いつもより30分だけ早くシャワー音がしたのは、”私のようにならないで”という、206号室の女の人からの警告だったのかも」

アンナさんは、小さな桜の苗をマンションの駐輪場の近くに植えました。

「私は、幽霊に救われた。この世でいちばん怖いのは、幽霊じゃなくて人間ですね」

【筆者プロフィール】

毒島サチコ


photo by Kengo Yamaguchi

愛媛県出身。恋愛ライターとして活動し、「MENJOY」を中心に1000本以上のコラムを執筆。現在、Amazon Prime Videoで配信中の「バチェラー・ジャパン シーズン3」に参加。

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