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15年前に出された宿題の答え合わせ〜私が不倫を終わらせた理由〜【第10話・後編】―シンデレラになれなかった私たち─

毒島 サチコS.Busujima

Case11:「不倫はしない」と決めていた会社員

名前:マイコ(30歳)

岐阜県出身。女性向けの恋愛メディアの編集部員。10歳上の亮と恋に落ちるが、彼は既婚者だった。先の見えない恋を断ち切ることを決意して、亮と最後の晩餐に向かったが……。

前編はコチラ

出会った場所で別れ話を

「別れ話は、出会った場所で」

どこかで読んだ小説の一節が、頭の中で繰り返し再生されていました。
焼鳥屋に着いたとき、時計の針は23時を回っていました。

亮くんはいつものように生ビールとキャベツ盛り、燻製たまご、レバーとハツ、皮とねぎまを頼みました。そんな当たり前の横顔が、今日はぼやけて見えます。

「どうしたの? 珍しく食欲ないじゃん」

亮くんは、串に手をつけない私の姿を見て、からかうように言いました。最後に素直に心配をしてくれたのはいつだったかな……。そんなことを考えました。

「いや、うん。大丈夫」

「疲れてる? もう帰ろうか」

そう言って、亮くんは私のグラスに残っていたビールを飲み干しました。

焼鳥屋から私の住むアパートまで5分。彼に別れを告げるまで、残された時間はたった5分しかないのです。

別れを切り出すタイミング

別れ話を切り出せないまま、私は、彼に手を引かれて歩いていました。

「今日、言おうと決めていたことがあるの」

頭の中で、何回も繰り返し考えていた言葉がリフレインされていました。このまま家に入れば、いつものように体を重ねてしまう……。

「今日……」

私の言葉をさえぎるように、亮くんが口を開きます。

「なんか、マイコ、元気ないなって思って……」

「……うん」

亮くんも、私の気持ちに気付いているのかもしれません。あからさまに口数が少ない私が、今考えていること。好きだけど、別れないといけない、そう決心していることを……。

今まで何度も切り出した「別れよう」という言葉は、彼の「愛してる」からはじまり「ちゃんと別れるから」で終わる、巧みな言葉で封じられてばかりでした。

今日こそ、このまま「別れよう」と言おう。そう決めたとき、亮くんが、少年のような笑顔で、私の前に立ちました。

「じゃん! マイコの好きなモンブラン、買ってきた」

無邪気な笑顔で私を見て、下げていた紙袋から、ちいさな紙の箱を取り出しました。

「一緒に食べよう。甘いものを食べたら元気出るよ」

喉まで出かかっていた「別れる」という言葉は、亮くんの笑顔の前に、かき消えてしまいました。

「あぁ……今日もダメかもしれない。ナナミ、今日も失敗しちゃった」

私はマンションの前で立ち止まり、亮くんの差し出す箱に描かれたケーキ屋のエンブレムに描かれた猫をぼんやりと見つめることしかできませんでした。

「え? もしかして今日はモンブランの気分じゃなかった?」

「ううん、そういうわけじゃないの……」

「よかった! じゃあ、一緒に食べよう」

そう言って、亮くんはいつものように合鍵でオートロックを解除し、3階の私の部屋に向かいました。出会ったころは、少し後ろから階段を登ってくれていたのに……。

今日も言えなかった

玄関に入り、ドアを閉めると、亮くんは、電気もつけず、私に優しくキスをしました。髪を撫でながら、指をからませ、腰に手を回しながら。まるで私をからめとるようなその動きは、熱を帯び、激しくなっていきました。私の吐息が漏れたのを確認し、亮くんは耳元で「愛してる」とささやきました。

「私も……愛してるよ」

大粒の涙が頬を伝い、私はそうつぶやいていました。

亮くんの手からこぼれ落ちたケーキの箱が、ペシャっと鈍い音を立てて、床に落ちました。

気がつくと、私たちはベッドになだれこんでいました。もう今日は無理だと思いました。

このあと、亮くんに、どんな顔をして別れ話をするのか、どんな顔をしてサヨナラと言うのか、想像もつきません。いや、本当は彼の顔を見た瞬間から、今日別れを切り出すのは無理だなと、分かっていたのかもしれません。

そしていつものように激しく愛し合い、そのまま、私たちは、深い眠りに落ちました。

見てしまったスマホ

亮くんのスマホのアラームの音で目を覚ますと、時刻は午前3時を指していました。亮くんはすでにネクタイを締め、いつものようにスマホでタクシーを呼んでいるところでした。

「あ、起こしちゃった? ごめんね。寝てていいよ」

亮くんはそう言って、トイレに向かい、私は潤んだ目で、亮くんの背中を見送りました。

そのとき、机の上に置いてあった亮くんのスマホから、ピコンと2回、LINEの通知を知らせる音が鳴ったのです。

絶対に見てはいけない、傷つくのは自分だと、ずっと言い聞かせてきたこの時間のLINE。でもなぜか今日は、どうしても見たいという衝動にかられました。

いつの間にか、スマホに手が伸びていました。そして恐る恐るLINEの画面を開きます。そしてメッセージを見た瞬間、私は、言葉を失いました。

「残業お疲れ様。今やっと由奈の熱が引いたよ」

亮くんの奥さんのメッセージには、動画が添付されていました。

そこには、冷えピタシートを貼った可愛い女の子が写っていました。ほっぺたを赤くしながら「パパ、お仕事おつかれさま~」と呼びかける可愛い女の子の姿……。

私は、震える指先で、ゆっくりと画面を上にスクロールしました。

「ずるさ」を知った夜

亮くんがトイレから帰ってきたとき、私の手は、わなわなと震えていました。

「今日も残業で遅くなる。由奈が心配で、仕事に身が入らないよ。看病お疲れ様。ふたりの大好きなモンブランを買って帰るよ」

その送信時間は23時過ぎ。私と一緒に焼き鳥を食べているときに送信されたメッセージでした。

それを見て、なんてずるい人なのだと思いました。大切な家族に嘘をつき、私を愛しているフリをしていた。 私のために買ってきたといったモンブランも、奥さんへのおみやげの「ついで」だったのです。

一方で、憑き物が落ちたかのように、不思議な感覚が全身を支配していました。大きくて太い糸が、プチンと音を立てて切れるような音が、頭の中で聞こえました。

しばらくして、タクシーの到着を知らせる通知音が鳴ります。

「……気をつけて帰ってね」

私は、布団の中から、そう言いました。亮くんは私を抱きしめてから、小さな声で「愛してる」と言いました。亮くんが、玄関に向かう後ろ姿を眺めながら、私はベッドから動けませんでした。

「あ、一緒に食べようと思ってたんだけど、これ、食べてね」

玄関前で、亮くんはベッドの上の私に聞こえるよう声をかけました。

ドアが閉ざされる音がひびき、しばらく経ったあと、私は玄関の鍵をしめ、真っ暗な部屋の中で、ケーキの箱を開きました。

モンブランは、キスをしたときに床に落ちて、形がゆがんでいました。箱についたクリームを指で拭い、ひと口食べた瞬間、大粒の涙があふれだしました。

私は今、なぜ泣いているのか。別れられなくて泣いているのか。亮くんが好きで好きでたまらなくて泣いているのか……。

いや、そうじゃない。これは、開放されたことへの、安堵の涙でした。亮くんの「ずるさ」を知った涙の先に、私には小さな光が見えた気がしました。

15年前の宿題の答え合わせ

私は止まらない嗚咽の中で、15年前のことを思い出していました。

15年前、大好きな吉田先生が学校を去ったあの日。私は吉田先生が、坂本先生のことを好きで好きでたまらなくて、学校を辞めたのだと思っていました。

なぜ、坂本先生だけが残ったのかという、若さゆえの正義感に近いような憤りを感じながら。

でも今、先生が去った本当の理由が分かったような気がしたのです。吉田先生が学校を辞めたのは、坂本先生への依存を断ち切るためじゃなかった。吉田先生は、男の「ずるさ」を知って、自ら学校を去ったのだと。

「推薦取り消し」という言葉を使って、男子生徒の興味の矛先を自然と吉田先生に向けさせるように仕向けた坂本先生を、吉田先生は自らの意志で、見限ったのだと……。

最後の決意表明

「マイコ、良かったね。よくやった」

それから3か月が経ち、すっかりあたたかくなった春の日。目を細めながら、ナナミがアイスカフェラテをストローで勢いよく吸い込み、おおげさにウインクしました。

「今日は私のおごりね。引っ越し手伝ってくれてありがとう」

「何いってんの。これから旦那の愚痴をたっぷり聞いてもらうんだから、こんなコーヒーだけじゃダメ! 来週飲み行こ!」

ナナミは、そう言って席を立ち、家族が待つ家に帰って行きます。

私はナナミを見送り、2か月前、目の前に座っていた亮くんの姿を思い出しました。連絡を絶ち、引っ越しとすべての準備を済ませたあと、私は亮くんと、この席で向かい合ったのです。

「1ヶ月も会えなくて、さみしかったよ」

そう言って、肩を落とす亮くんの目を、私はまっすぐ見つめて言いました。

「別れましょう。今までありがとう」

そう言えたとき、私は当時の吉田先生と同じ年になっていました。

考察:15年前の宿題の答え合わせ

「吉田先生が坂本先生と別れるためにひとりで学校を去ったのと同じように、私も、亮くんと過ごした街を去りました。でも、好きだから離れたわけではありません」

マイコさんは、当時のことを思い出して、こう語ります。

「ちなみに亮くんは、あれから奥さんと離婚したみたいです。不倫がバレたみたい。懲りないですね(笑)」

連日、ワイドショーでは著名人の不倫が取り上げられ、その是非についての意見が飛び交います。でも、不倫をしている独身女性たち向けられる言葉は冷たいまま。

「誘惑したのは女のほうでしょ」「奥さんがかわいそう」そんな言葉の裏に、どれだけの女性が、涙を飲んでいることでしょうか。

「不倫をしてしまった私は悪いです。でも不倫は、誰かにやめなさいと言われてやめられるものではないんです。それに自分だけがやめようと決意して、やめられるものでもない」

マイコさんは、達観したようにそう語ります。

「なんで先生だけが学校を辞めたんですか」

15年前、学級日誌に吉田先生に向けて書いた最後の言葉を思い出したマイコさんは、モンブランにフォークを立てながら、取材の最後を笑顔でこう締めくくりました。

「私が、不倫を辞められた理由は、男のずるさを知ることができたからですね」

【筆者プロフィール】

毒島サチコ

photo by Kengo Yamaguchi

愛媛県出身。恋愛ライターとして活動し、「Menjoy!」を中心に1000本以上のコラムを執筆。現在、Amazon Prime Videoで配信中の「バチェラー・ジャパン シーズン3」に参加。

【前回までの連載はコチラ】

妄想恋愛ライター・毒島サチコが書く「選ばれなかった人」の物語。【連載】シンデレラになれなかった私たち

「どうして私と別れたの?」元彼が語ったサヨナラの理由【第1話・前編】

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次回:3月28日土曜日 更新予定

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