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15年前に出された宿題の答え合わせ〜私が不倫を終わらせた理由〜【第10話・前編】―シンデレラになれなかった私たち─
毒島 サチコS.Busujima
Case11:3年目の不倫に苦しむ会社員
名前:マイコ(30歳)
岐阜県出身。女性向けメディアで編集部員として働いている。現在、10歳上の男性と不倫関係に……。
どうして先生だけが学校を辞めるんですか?
15年前、当時中学3年生だった私には、憧れていた先生がいました。
クラスの副担任だった吉田先生。たしか年齢は30歳くらいの独身女性で、国語を教えてくれていました。ユーモアを交えながら展開される授業は面白くて、生徒からも保護者からも人気がありました。
私は、先生との学級日誌のやりとりが大好きで、毎日びっしり書いて提出しては、返事を楽しみにしていました。
好きな人ができたときは、「好きな人がいるのですが、どうすればいいですか」と相談することもありました。先生は「卒業までに、気持ちを伝えようよ。後悔しないように!」と返事をくれました。そんな先生のことが、本当に大好きでした。
ところが、2月のある日、吉田先生が、学年主任の坂本先生と不倫をしているという噂が流れました。ふたりが一緒に歩いているところを目撃した男子生徒いわく、吉田先生が、坂本先生に寄り添っていたというのです。
坂本先生には家族があり、「不倫」という言葉のなまめかしさも相まって、学校はふたりの噂で持ちきりになりました。
坂本先生はその男子生徒を呼び出し、「適当な噂を流したら、学校推薦を取り消す」と厳しく指導したのです。推薦取り消しを恐れた男子たちの興味の矛先は、吉田先生に向けられるようになりました。
「吉田先生が坂本先生をたぶらかした」「吉田先生はやばい女」などと、吉田先生の悪口を言うようになったのです。
それから半年後、吉田先生は学校を自主退職しました。坂本先生は、何食わぬ顔をして学校に来ているのに、吉田先生だけが、まるで追い出されるように学校を去ったのです。
私は、吉田先生が辞める直前、学級日誌にこう書きました。
「なぜ、先生だけが、学校をやめなければならないんですか?」
吉田先生からの返事は、ありませんでした。
退職後、生徒の間では「吉田先生はストーカーになったから、学校をクビになった」という噂が広がりました。でも私は、そうは思いませんでした。吉田先生は、坂本先生のことが好きで好きでたまらなかったから、学校をやめたんだ。そう考えたのです。
先生が去ったあの日から、15年が経ちました。
そして私は今、吉田先生と同じように、不倫の恋に苦しんでいます。
今日、ちゃんと別れる
「今日こそ、ちゃんと別れる」
西新宿の喫茶店で、新婚ほやほやの親友・ナナミに向かって、そう決意表明をしました。
「マイコ、それ、先週も言ってたよ。先々週もね」
ナナミは、泡だけになったカフェラテを、わざとズズズと音を立ててすすり、「ホント、バカみたい。既婚者にハマるなんて」と言いました。
「だから、ちゃんと別れるって!」
ナナミは「はぁ」とため息をついたあと、「マイコ、呪文!」と、大げさに私を指さしました。それは、私が亮くんに会う前に、いつもマイコに唱えさせられる呪文。
「亮くんが魅力的なのは、奥さんが亮くんを魅力的な男性に育てたからです」
ナナミは「だから、あんたがあの男と一緒になるのは無理! 報告よろしく!」といって、慌ただしそうにカフェを出ました。
ナナミと別れたあと、私は一気にむなしい気持ちに襲われました。
今日こそ、別れなきゃ。今日こそ……。
禁断の出会いは突然に
亮くんとの出会いは、ちょうど3年前の寒い冬の夜。私とナナミは、自宅アパートの近くにある焼鳥屋のカウンターに座っていました。
私は2年間、だらだらと付き合い続けた彼氏と別れたばかりで、ナナミとふたり、とりとめもない女子トークに華を咲かせていました。
1時間ほど前から、ナナミの横に、スーツを着た二人組が座り、下世話な話に盛りあがる私たちを、チラチラと横目で見ているのを感じていました。
そのうちのひとり、ナナミともうひとりの男性をはさんだむこうがわで、余裕のある笑みをうかべてビールを飲んでいたのが、亮くんだったのです。
「君たちみたいなかわいい女の子が、どうしてこんなおじさんばっかりの焼鳥屋にいるの?」
もう顔さえ思い出せない、もうひとりの男性が、声をかけてきました。
「だって、ここの焼鳥おいしいじゃないですかぁ~」
すでに酔いが回っていたナナミは、ジロリとその男性をにらみました。
「っていうか、かわいい、より美人ですねって言われたい年ごろなんですけど……。もうおばさんですよ。それにこの子、最近彼氏と別れたんで、今日は励まし女子会なんです」
私はいきなり手渡されたバトンを受け取ることができずに「すみません。この子酔ってるんで」と、ナナミの脇腹をつつくので精一杯。
「ごめんね……。こいつも酔ってるからさぁ」
まるでドラマに出てくる俳優のようにさわやかに身を乗りだした亮くんは、「ビール追加で。あ、ふたりの分も」と、少年のような笑顔で笑いました。
「あ……ありがとうございます……。なんかすみません」
「いやいや。こんなおっさんと話してくれたお礼だから」
そう言って、亮くんはビールを一気に飲み干しました。
ナナミと男性ごしに、亮くんの喉ぼとけが、音を立てて動くのが見えました。清潔感があるスーツ姿にツーブロックのヘアスタイル。黒縁の眼鏡の奥の、一重でキリっとした目。
私はその瞬間、恋に落ちてしまったのです。
禁断の恋の始まり
酔いつぶれたナナミともうひとりの男性越しに、私と亮くんはあらためて乾杯しました。
出版社で書店営業をしていた亮くんと、出版社で女性向け雑誌の編集をしていた私が、打ち解けるまでに時間はかかりませんでした。
亮くんは、私より10コ上の37歳。
業界特有のちょっとヤンチャな雰囲気と、大人の余裕。あたふたと自分の話ばかりする私の心を、亮くんはふんふんと熱心に相槌をうちながら、解きほぐしてくれました。
気づけば、午前1時をちょっと回るくらいの時間になっていました。
亮くんはもうひとりの男性を支え、私たちの分の会計をスマートに済ませ、「連絡先教えてよ。また飲もう」と、ポケットからスマホを取り出し、LINEのバーコードを表示させました。
どこかで私は、この展開を期待していました。気づけは私も、バッグからスマートフォンを取り出していました。亮くんのバーコードを読み込むと、可愛いチワワのアイコンが現れました。
名前はローマ字で「Ryo」。
「……チワワ、かわいいですね」
「イメージ戦略。ほら、オレ営業だから」
そう微笑み、のれんをくぐろうとした亮くんの左手の薬指には、指輪が光っていました。
別れる決意
あの夜から、3年が経ちました。
亮くんと焼鳥屋で出会ったのが、3月14日。
3回一緒に飲みに行って、私の家に初めて泊まりに来たのが、確か3月24日。
ずいぶんと長い間、一緒にいたものです。この年齢の普通のカップルの3年といえば、結婚を考えているか、もう結婚しているでしょう。
でも、私たちの関係は違います。不倫の3年は、とても長いのです。
亮くんは、奥さんとはうまくいっていないと、ことあるごとに言いました。
何度も奥さんと「別れる」と言っては、離れようとする私を引き留め、「娘が幼稚園に上がるまで」「あと半年待ってくれ」と言いながらも、一向に別れる気配はありませんでした。
でも、30歳になった私は、ナナミが結婚したこともあって、先のない恋愛をしている場合じゃない、と感じ始めていました。
亮くんから離れるために、引っ越すことも考えていました。
「好きで好きでたまらないから、断ち切るために、離れよう……」
そんなとき、私はふと、吉田先生のことを思い出したのです。そして吉田先生の気持ちが、痛いほどわかるような気がしました。大好きだからこそ、目の前から去る。そうすることでしか、この恋は断ち切れないと思ったのです。
そのとき、LINEの通知が鳴りました。亮くんからでした。
「もうすぐ終わるから向かう。今いつものカフェ?」
今日は、いつものようなかわいいスタンプは使わないと決めていました。淡々と、ただ「そうだよ」と返事を打ちました。
亮くんは、30分後にカフェに現れ、席に着くなり、アイスコーヒーを頼んで、ジャケットを脱ぎました。
「え……寒くないの?」
外はまだ寒いのに、亮くんは汗をかいていたのです。
「早くマイコに会いたくて走った」
亮くんはそう言って、優しい目で私を見ました。
この優しさに、私は苦しめられているんだ……。胸のときめきを抑え、私は「別れ」のシミュレーションを、何度も繰り返していました。
別れのタイミング
「今日……どうする? マイコんちの近くで食べる? 和食? 洋食?」
私は、少し考えたふりをしたあと「……焼鳥、食べたい」と言いました。
あの焼鳥やさんに行くことは最初から決めていました。別れ話は、出会った場所でしたかったのです。
「今日、焼鳥食べた後、ちょっと散歩しながら話したい」
私は、亮くんの目を見て、まっすぐ言いました。好きすぎて、好きすぎて、辛い……。だから離れなきゃ……。
今日、私はとうとう、この不倫に終止符を打つのです。
後編へ続く――
筆者プロフィール

愛媛県出身。恋愛ライターとして活動し、「Menjoy!」を中心に1000本以上のコラムを執筆。現在、Amazon Prime Videoで配信中の「バチェラー・ジャパン シーズン3」に参加。
【前回までの連載はコチラ】
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次回:3月28日土曜日 更新予定
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